金平糖の理由
第1話
金平糖の理由
山田香子が初めて夜勤に入った夜、ポケットには金平糖が三粒だけ入っていた。
先輩がくれたものだった。「眠くなったら噛みなさい」と言われたけれど、香子は噛めなかった。小さくて、星みたいで、壊すのが惜しかった。
新人のころにもらった何でもない一言を、何十年も覚えていることがある。教科書より先に、心の支えになる言葉。
その夜、受け持ちの患者さんが眠れずに泣いた。香子は何もできなかった。ただ隣に座って、ポケットの金平糖をひとつ、手のひらに乗せた。
「これ、甘いです」
患者さんは泣きながら笑った。食べたわけではない。ただ、手のひらの小さな星を見て、少しだけ息を吐いた。
看護でできることは、いつも大きいわけではない。薬でも処置でもない小さなものが、その夜を越える理由になることがある。
45年後、カンゴさんになった香子は、今もポケットに金平糖を入れている。
辞めたい夜にも、ミスを言えない夜にも、恋人に会えない夜にも。言葉が届く前に、まず机にことんと置く。
「そやから世界は、ほっといても、ちょっとずつ甘うなる」Xで引用
金平糖は、誰かを救う魔法ではない。ただ、救われてもいいと思い出すための、小さな合図だった。
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刺さった一文を、同じ夜勤明けの誰かへ。
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